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札幌高等裁判所 昭和58年(う)199号 判決 1984年4月10日

控訴人 弁護人

被告人 濱本光教 弁護人 鷹野正義

検察官 松宮崇

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人鷹野正義提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一(理由のくいちがい、理由不備の主張)について

所論は、(一) 原判決は、証人松野郷俊弘の原審公判廷における供述を「証拠の標目」に掲げていないのに、「被告人、弁護人の主張に対する判断」中で引用しているが、これは判決理由にくいちがいがある場合に該当する、(二) 公安委員会が道路について駐車禁止規制を行うにあたつては、それを必要とする合理的理由があり、かつ、これに関する証拠は有罪判決の理由中に具体的に挙示されなければならないが、原判決挙示の証拠によつては原判示道路についてそのような理由のあることが証明されていないから、原判決には理由不備の違法がある、というのである。

そこで、記録を精査して順次検討する。

(一)  原審証人松野郷の供述は、北海道公安委員会が本件道路について駐車禁止規制を定めた経緯、内容、必要性等を述べたにとどまるものであつて、本件罪となるべき事実の認定に直接必要なものではないから、原判決がこれを証拠の標目中に掲記しなかつたのは、むしろ当然の措置であると考えられ、他方、原判決が前記判断中で原審証人松野郷の供述を引用しているのは、本件駐車禁止規制の実施の経緯ないし必要性を説明する個所においてであつて、罪となるべき事実に該当しない、適用法令の成立事情に関する証拠として引用しているにすぎないことが明らかであるから、原判決に所論のような理由のくいちがいがあるとはいえない。

(二)  原判示違反場所を含む札幌市白石区菊水二条一丁目四番二七号先から同区菊水二条三丁目一番四一号先までの市道菊水一号線については、北海道公安委員会が昭和五一年一〇月二七日二輪車を除く車両を対象として終日駐車禁止の交通規制を実施することを決定し、本件当時その旨を表示する道路標識を設置していたことは、証拠上明白であるが、同公安委員会が右交通規制を実施した必要性に関する諸事情は、前記のとおり、罪となるべき事実に該当せず、これに関する証拠は、証拠の標目等として有罪判決の理由中に挙示しなければならないものではないから、原判決に所論のような理由不備があるとはいえない。

論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意第二(法令適用の誤りの主張)について

所論は、弁護人の当審公判における釈明をも合わせると、北海道公安委員会が定めた本件道路に対する駐車禁止規制は、右道路の現状について事実を誤認し又は事実の認識を欠いたことにより、裁量を誤つて定められた違法無効なものであるから、被告人を有罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである(なお、駐車禁止規制標識の設置の違法をいう点は撤回されている。)。

そこで、記録を精査して検討すると、司法警察員松野郷俊弘外二名作成の捜査報告書、原審証人松野郷俊弘の供述等によれば、北海道公安委員会が定めた本件駐車禁止規制は、道路交通法四条一項所定の権限に基づき、札幌市における交通総量を削減して車両の排出ガスによる大気汚染の防止を図り、かつ日常生活において道路を利用する歩行者等いわゆる交通弱者の保護を図ることを目的として策定されたものであるところ、本件駐車禁止規制の実施当時札幌市の都市部においては、車両交通の過密化による大気汚染が憂慮すべき状態になつていて、都市部に流入する車両数を抑制する必要が生じていたため、交通総量の削減対策が計画され、その一環として順次駐車禁止区間の拡大が図られてきていたが、前記菊水一号線は同市の中心地に隣接した地域に位置し、周辺の道路もほとんど駐車禁止規制が実施されていて、菊水一号線に対する駐車禁止規制は右計画においてその実施が急がれていたものであり、また、菊水一号線の周囲には店舗、住宅等が多く、同道路は付近住民の日常生活用のものとしての色彩が強いにもかかわらず、多数の駐車車両が長時間路面を占拠して車両交通に支障を生じていたほか、歩行者や自転車利用者が道路左側端を通行することが困難となつており、所轄の警察署長から、歩行者に対する事故発生のおそれがあることを理由にして駐車禁止規制を求める上申がされていたことなどが認められるので、本件駐車禁止規制にはその策定目的にそう道路交通の状況があつたということができる。

確かに、本件駐車禁止規制がされた菊水一号線全長約五〇〇メートルのうち原判示違反場所を含む約一二六メートルの区間は、幅員が約一八メートルであつて、その前後の幅員が一〇メートル内外であるのに比べて、相当幅広く中ぶくれの状態になつているという特殊事情があることは、所論指摘のとおりであるが、右の幅員の広い区間について駐車を許すことにするならば、都市部における交通総量削減の要請に沿わないだけでなく、その区間に駐車車両が集中する結果を招来していたずらに車両交通を混乱させ、更には、駐車車両が交差道路との間の見通しを阻害したり、歩行者や自転車利用者の道路左側端通行に支障を生じさせることが予測され、右部分に駐車禁止規制をしない措置が交通規制として妥当性を有するものとは考え難い。その余の所論指摘の事情を考慮に入れてみても、北海道公安委員会のした本件駐車禁止規制が、道路交通法四条一項所定の「道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、又は交通公害その他の道路の交通に起因する障害を防止するため必要がある」場合にあたらないとみることはできず、本件駐車禁止規制が同公安委員会の裁量の範囲を逸脱して定められた違法無効なものとは到底認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三(違憲を理由とする法令適用の誤り及び訴訟手続の法令違反の主張)について

所論は、(一) 公安委員会が道路について駐車禁止規制を定めるにあたつては、これによつて不利益をこうむる付近住民及び道路管理者の意見をあらかじめ聴取することが行政上の適正手続として要請されているというべきであるから、その手続を欠く本件駐車禁止規制は憲法三一条に違反して無効であつて、本件駐車禁止規制違反を理由にして被告人を処罰した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、(二) 被告人が本件駐車禁止規制の有効性を争うには、反則金納付の通告を行政処分として直接争訟の対象とすることができないので、刑罰を科されるかもしれない不利益を忍んで刑事手続を経なければならず、このような手続法制は憲法一三条、三二条に違反して無効なものというべきであつて、被告人を有罪として罰金刑を科した原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある、というのである。

そこで、順次検討する。

(一)  公安委員会が定める駐車禁止規制は、付近住民の大方の意思に反するものではなく、かつ道路管理者の権限や利益を含む道路管理行政の支障となるものでないことが期待され、その意味において規制の実施に先立ち付近住民及び道路管理者の意見を聴取することが相当とされる場合もあろうが、右規制を定める前提として必らず右のような意見聴取をしなければならないとする法令の定めはないのみならず(もつとも、路上駐車場が設けられている道路部分の場合については、道路交通法一一〇条の二第五、六項が同駐車場を設置した地方公共団体の意見をきくべきものとしている。)、憲法三一条の定める適正手続の保障が行政手続に及ぶものとしても、なんらの制限も受けないで道路上に車両を駐車させることが同条によつて保護される自由ないし権利に含まれると解することはできず、また、駐車禁止規制のための行政上の適正手続として付近住民及び道路管理者から意見を聴取することが相当な方法であるとも直ちには解されないので、所論のように右意見聴取が行われていないことを理由にして本件駐車禁止規制が同条に違反して無効であると断ずることもできない(なお、本件駐車禁止規制については、付近住民の関係では事前対策を完了し実施に障害がないと報告されていたことが認められる。)。したがつて、原判決が北海道公安委員会の本件駐車禁止規制を有効なものとして被告人の本件駐車の行為をこれに問擬したことに、法令適用の誤りはない。

(二)  道路交通法は、大量に発生する同法違反事件の処理を迅速化するため、行政手続としての交通反則通告制度を設け、一定の同法違反者がこれによる処理に服する途を選び、反則金納付の通告に従つたときは、刑事手続によらないで事案の終結を図ることにしているところ、行政訴訟手続により右通告の適否を争うことは許されないと解されるので(最高裁判所昭和五七年七月一五日第一小法廷判決・民集三六巻六号一一六九頁参照)、同法違反の成否については刑事手続の中でこれを争わなければならず、その結果として刑罰を科せられることになるかもしれないことは、所論指摘のとおりである。しかし、交通反則通告制度の対象となる同法違反の行為は、本来同法の罰則に該当する犯罪であるから、その違反の成否はもともと刑事手続において審判されるべき性質のものであり、違反の成否を争わない者が反則金の納付により刑罰を免れることがあるからといつて、そのことの故をもつて、違反の成否を争う者を刑事手続により処理することが、国民の権利の国政上における尊重を定める憲法一三条や、国民の裁判を受ける権利を定める同法三二条に違反するものとはいえない。もとより、反則金を納付した者について反則金納付の通告を行政訴訟手続で争うことができるようにすることも考えられないではないが、それは立法政策の問題である。したがつて、北海道公安委員会の駐車禁止規制に違反する本件行為について、被告人がその成否を刑事手続内で争う以外に方法がなかつたとしても、右違反が道路交通法四五条一項、一一九条の二第一項一号に該当する罪である以上やむをえないことであつて、被告人に対し本件行為について刑事手続で刑罰を科することが憲法一三条、三二条に違反するとはいえず、原審の訴訟手続に所論のような法令違反はない。

論旨はいずれも理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部保夫 裁判官 横田安弘 裁判官 平良木登規男)

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